「親の背中に何を見る」

毎年この時期になると、この日本を含め世界の多くの国々で「母の日」や「父の日」(すこし質素かもしれません)が盛大に祝われます。

私も小学校のころ、あまり「父の日」の記憶はないのですが、「母の日」には母の似顔絵や感謝カードを手作りし、

赤いカーネーション1本を大事に抱えて『お母さんありがとう!』のことばを添えて送ったことが思い出されます。

今、自分が親になって子どもたちが同じように感謝の心を表してくれる姿に、子育てには苦労も伴うものですが、親であることに喜びを感じます。

 

皆さんもご存知でしょうが「母の日」は、1900年代のアメリカヴァージニア州が起源といわれています。

1905年5月9日、アン・ジャービスという人が亡くなられました。

彼女は南北戦争中に「母の仕事の日(Mothers Day Work Club)」と称して、

敵味方を問わず負傷兵の衛生状態を改善するために地域の女性を結束させるなど、

その時代の人々の必要に積極的に応え貢献された人物です。

その娘のアンナが亡き母の働きに敬意を表し追悼したいという想いから、

1908年5月10日、自分が通うフィラデルフィアの教会で白いカーネーションを教会の人々に配りました。

これがアメリカで初めて行われた「母の日」と言われています。

この行為が大きな感動を呼び、アメリカのほとんどの州に広まりました。

そして1914年、当時のウイルソン大統領が5月の第二日曜日を「母の日」と制定したのです。

アンナは誰に対してもわけ隔てなく愛を注ぐ母の姿に、自分の生き方の模範を見出したのではないでしょうか。

 

父の日の由来は、母の日と比べると認知度が低いように思いますが、母の日同様、暖かいストーリーがあります。

父の日は、母の日と同じくアメリカ発祥の祝日で、そのきっかけは、ソノラ・スマート・ドットという女性の嘆願によるものだそうです。

ソノラの父親は軍人で、南北戦争から復員した後に男手ひとつで6人の子どもたちを育て上げたのだそうです。

6人兄弟の末っ子だったソノラは、ある日教会での説教で、母の日があることを知り、

「母をたたえる日があるならば、父をたたえる日があるべきだ」と思い、

父の素晴らしさを称えようと1909年に教会の牧師に「父親へ感謝する日も作ってほしい」と嘆願しました。

その後1910年6月19日に、初めて父の日の式典が開催されたのだそうです。

 

父の日の由来は母の日同様に、育ててくれた自分の父親に対して、「感謝を伝えたい」という気持ちからだったのです。

1916年の式典で第29代アメリカ大統領であるウッドロー・ウィルソンが、演説を行ったことから習慣化されるようになり、

1966年には第36代大統領リンドン・ジョンソンが「父の日」を称賛する大統領告示をだして、6月の第3日曜日を「父の日」と定めました。

 

このように、ことの始まりをひも解いてゆくと、「母の日」「父の日」が父母への感謝の思いを表すということのみならず、

アンナやソノラがそうであったように、親の生き方を見て子どもは自分の生き方そのものも培われてゆくことにつながるのだと感じます。

それも家族に対してのみならず、「公の世界」で人々に貢献する姿に感化されていることに考えされられます。


親の立場からすると、子どもたちにとって良い親のみならず、親の仕事に取り組む姿勢や地域の必要に貢献する生き方を子どもたちが見て、

「お母さんやお父さんのような人間になりたい!」と思える生き方を子どもたちに示せているか、問われる思いです。

母の日、父の日は、感謝され祝われるものとしてだけではなく、親である私たちや、

これから親となるであろう方々にも、何を子どもたちに残せるか、親である私たちはそんなことをしっかりと考える時でありたいと願います。

 

「あなた自身、良いわざの模範となりなさい。」   (テトスへの手紙 2章7節)

 

グレース宣教会牧師
日本国際飢餓対策機構巡回牧師
田村治郎

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