「キリストによって、からだ全体は、あらゆる節々を支えとして組み合わされ、つなぎ合わされ、それぞれの部分がその分に応じて働くことにより成長して、愛のうちに建てられることになります。」(エペソ人への手紙 4章16節)
教会とは何でしょうか。
聖書を開くと教会とは、神の家族、神の羊の群れ、そしてキリストの“からだ”、またキリストの花嫁、
聖霊の宮と呼ばれ、選ばれた者、聖徒たち、兄弟たちと記されています。
あなたもイエスキリスト様を救い主、人生の主と信じ受け入れた時から「教会に属しています。」
聖書からそれは2つのことを意味しています。
①目に見えない教会(普遍的教会)と目に見える教会(地域教会又は地方教会)
救い主を信じ受け入れた者は、新しく生まれた者です。
歴史を貫く世界に、唯一の「キリストの体なる教会」の一員で、新生したクリスチャンは「目に見えない教会」の一員となっています。
目には見えませんが、世界に広がり新生した全てのクリスチャンが含まれ、その意味で「普遍的教会」と呼ばれています。
もう一つ、聖書では「目に見える教会」のことが扱われていますね。
新約聖書のエペソ教会、ガラテヤの教会、ローマ教会、2000年を超えて今ここに存在する私たちのグレース宣教会も
この地域に産まれ広がっていった教会です。
目に見えるクリスチャンの集まり群れです。これを「地域教会」(地方教会)と呼んでいます。
②教会に属するとは、救いの確信(新生された者)が鍵です。
「実は目に見える教会」の中には自分がクリスチャンである
と思い込み或いは偽って教会に通っている人もいます。
牧師になっている人さえいるかもしれません。このことは最終的に裁きの時まで明らかにされない(マタイ7:1ー27)ともイエス様が仰っています。
しかし安心して下さい。あなたがイエスキリスト様を救い主、人生の主と信じ受け入れ、
御言葉に基づいて確信されている、救いの確信を持っておられるなら恐れることはありませんよ。
そして目に見えない教会の一員となっているならば、私たちは当然のこととして、
目に見える教会の一員ともなるのです。
使徒の時代に、洗礼を受けて信仰を明らかにしたクリスチャンたちは、
使徒たちの群れに加えられました(使徒2:41)。
時々、組織には加わりたく無いと言って、教会には属さない人もいます。
しかし聖書を開いて信仰生活を個人でしなさいとは記されていません。
目に見えない教会の一員とされた者は、目に見える教会の一員となって、
教会を建て上げる幸にあずかるのです。
組織ではなく“からだ“(有機体)です。この罪の社会では味わい知ることのできない、
キリスト様にある愛、真実、信頼、そして喜びを享受し合うのですね。
イエスキリスト様が降誕されてから2000年間、キリスト教会はこのように歩み続けています。
教会に属する恵み、教会を建てあげる業に預かりましょう。続く
(藤﨑秀雄)